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母と二人で京都に向かうことになった。
『そうだ、京都に行こう!』と、思い立っての母娘旅行ではない。京都には母の旦那さんが単身赴任しているのだ。
『母の旦那さん』…などと持って回った言い方をしたのは、その人が私の実の父親ではないから。別に斜に構えて拗ねているわけではない。母が再婚したのは私が高校に入ってからのことだし、離婚した父も元気でピンピンしているし、今さらその人を『お父さん』などと恥ずかしくて呼べはしない。その人だって困るだろうし…
だから私は、その人を『おじさん』とか、『三浦さん』と、姓で呼んだりする。ちなみに母は再婚して三浦さんになっちゃったけど、私は苗字を変えるのも面倒なので、今でも父親の姓を名乗っている。
ここで母と三浦さんのなり染めを、母から聞いた話を基に、多少私の想像を交えて話してみようと思う。

『三浦さん』は仕事大好き人間らしく、結婚なんて考えることなく、これまでの人生を仕事に捧げてきたらしい。
それでも40歳を迎えた頃、いきなり独身でいることに不安を感じてしまったらしい。
(僕の人生、このままでいいのか?死ぬまで仕事が出来るわけではない。歳を取って一緒にお茶を飲む人もいない人生なんて、人として失敗ではないのか?)
そんな思いに急に取り付かれて一念発起。結婚紹介サービスに入会したのだった。
そうなると完璧主義の三浦さんの性分が頭をもたげてくる。紹介される女性のデータを、タイプ別、条件別に分類し、分析整理するのだけど、どうも結婚相手と言うものは解析すればするほどにイメージが遠ざかり、一生に一度のお相手としては物足りなく感じてしまうらしい。
(僕が今まで独身を通したのは、仕事に没頭してきたと言うより、この厄介な分析癖にあるのでは?)
三浦さんは、やはり自分は結婚には向いていないのかと自信を失いかけていたのだが、人生、思わぬところに出会いがあるものだ。
母は、その結婚紹介サービスの会社で、マッチング担当者のサポートをするパートタイマーとして働いていた。50人もの会員を抱えて多忙を極める担当者に代わって、コンピュータを駆使して理想のお相手をセレクトするのだが、三浦さんもまた、母の手駒のひとつだったのだ。
母はその仕事をけっこう気に入っていたらしい。この広い世間の空の下、自分がマッチングした男女が出会ってやがて結婚し、家庭を築くかもしれないのだ。その家族がやがて太い大河のような一族を構成していくかもしれない。まさしく母は、大河の一滴を選別する仕事をしているわけで、生活のためのパートとは言え、その職種に生き甲斐と誇りを感じていた。
そして、母のそんな仕事に対する姿勢は、クライアントからも会社からも高く評価されていた。
週末になると熱心に相談に訪れる三浦さんと母は、すぐに顔馴染みになった。
完璧主義の三浦さんは、結婚紹介サービスのコンピュータソフトだけでは満足出来ず、ついには自分にコンピュータを操作させて欲しいと言い始め、もちろんそんなことは出来るはずもなく、担当者はそんな三浦さんが面倒臭くなったのか、アシスタントの母に任せ切りにしてしまう。でも母は、担当者が投げ出した三浦さんを温かく迎え入れ、そしてサポートに努めた。
(つづく)

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2012.10.10 Wed l 母と私とおじさんと+1 l コメント (2) l top
(少し強引すぎるけど、この人の熱心さは真面目さゆえに違いない。結婚に高い理想を持ち、決して妥協をしようとしない。多分、仕事の出来る人なのだろう。周囲から誤解を受けることは多いだろうけど…)
賢明な母は、すでに三浦さんの本質を見抜いていた。
ちなみに三浦さんの職業は、技術系管理職など、専門性の高い人材を企業に斡旋する仕事。人間分析に掛けては母以上にプロなのだったが。

さて、毎週末になると母と顔を突き合わせてお見合い相手を吟味していた三浦さん。母としては、ウォーミングアップの意味も兼ね、一度誰かとお見合いしてみては?と提案してみたが、三浦さんは、納得の行く理想のマッチングを求めて、なかなか応じようとしない。数打ちゃ当たる的なお見合いなど、三浦さんの理想の対極にあったのだ。
それでも最初の頃の入れ込みも静まり、あれこれと相談に乗ってもらっているうちに、母に対して高いシンパシーを感じるようになったようだ。三浦さんの突拍子もない申し出にも、母は決して頭ごなしに否定したりせず、二人でじっくりと話し合った末に納得させた。
(人間分析とは冷徹な作業のように思われるけど、この人には真心がある。真心のこもった分析だから、僕も納得出来る。実に勉強になる)
三浦さんは母をリスペクトするとともに、あらためて『人生、死ぬまで勉強だ』と、実感するのだった。
そして、ある時ふと気付いた。
(僕の人生、女性と二人きりでいて、こんなにもリラックスした時間を過ごせた経験は一度も無い。もしかしたら、この人こそ僕にもっともマッチングする理想の女性なのでは?)
そう思い始めたらもう止まらない。三浦さんは、母に対する思慕の思いを密かに高めていった。
そうは言っても母は人妻、高校生の娘(私です)だっている。三浦さんは青春(?)の蹉跌に思い悩んだ。彼の初恋(?)は、早くも茨の道に迷い込んだわけだが、それでもあきらめ切れずに、思い切ったわがままを言い始めるようになる。
「志保さん(母の名前です)、僕は今まで、ろくに女性とデートした経験もありません。練習として、その…僕とデートをしてもらえないでしょうか?」
「あ、はい…いいですよ」
クライアントのデートの練習に付き合うことが、母の業務のマニュアルにあったかどうかは知らないけれど、母とすれば、自分が練習台になることで、お見合いへの踏ん切りがつくようになればそれに越したことはない。それから母と三浦さんのデート(の練習)が始まった。一緒に食事をしたり、映画を見たり、お芝居やコンサート。遊園地で絶叫マシーンにも乗りました。
かと思えば、ちょっと脚を伸ばして、中年らしく山歩き。帰りには地元の日帰り温泉でリラックスしたりして。
そんな楽しい日々を重ねるうちに、三浦さんの母への思慕の思いはますます高まり、日帰り旅行では満足出来なくなり、ついには母を一泊旅行に誘ってしまう。
母は、さすがに少しだけ躊躇したみたいだけど、大切なクライアントの要望でもある。
「え、ええ…いいですよ」
と、了承してしまったのだった。
(つづく)

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2012.10.12 Fri l 母と私とおじさんと+1 l コメント (2) l top
もちろん、母は仕事の一環としての気持ちで旅行に応じたのだけれど、実は三浦さんに対して友情のようなものを感じ初めていたのも事実。母としては三浦さんの幸せな結婚を目指した戦友、バディとしての感情だと思い込んでいたのだが、すでに母も気付かないうちに友情が恋愛感情へと育っていたのかもしれない。
母がクライアントの男性と二人で旅行に行くと告げられた時、私は呆れて開いた口が塞がらなかったが、単純な父は、『そういうものなのか?』と、たいした疑いもなく了承してしまった。
かくして母は、三浦さんとの一泊旅行に出発した。そして、この旅行こそが母と三浦さん(ついでに父にとっても)の、人生のターニングポイントになったのだった。

一応旅先では別々の部屋を予約してはあったものの、食事の後、三浦さんの部屋で結婚のレクチャーをいろいろ受けるうち、女性経験の乏しい三浦さんが、キスを教えてほしいと求めた。はじめ、冗談を言っているのだと取り合わなかった母だったが、三浦さんの懸命な子犬のような目(40歳を過ぎているのですが)を見て、つい断りきれなくって…
かくして、中学生のような大人しいキスから始めた母の接吻レクチャーは徐々にエスカレートして行き、ついには唾液ベタベタなディープキスへとスキルアップ。母は知識を総動員して各種のキスを指導するうち、二人の情熱はとどまるところをしらず、ついにはセックスの練習までしてしまったのだった。まさに青春真っ盛りの二人だったのだ。
(ちなみに、ここら辺のことは、母が濁した言葉尻から私が勝手に想像したもの。悪しからず)
こうして盛り上がった母と三浦さんは朝までセックスの実習に没頭。そして、しっかりと手をつなぎあって帰京する頃には、母は、父と別れて三浦さんと一緒になる決意をしていた。

いきなり三浦さんの訪問を受けた私と父は戸惑ったが、その場で土下座されてさらにビックリ!そして、母を愛しているから譲って欲しいと悲壮な表情で言われてまたまたビックリ。
母は三浦さんの横で、落ち着き払った声でそれまでの経緯を語り始めた。
そして、私を一番驚かせたのは、父がたいした抵抗もせずに、その懇願を受け入れたことだった。
私はさすがに頭に来て、『お父さん!それでいいの?』と、詰め寄ったけれど、父は寂しげに笑うだけ。
こうして両親の離婚は電光石火のスピード、急転直下の勢いで決まってしまった。

今となってみれば、私にも父の気持ちがわかるような気がする。父は、母のことを愛していたが故にその幸福を考えて身を退いたのだ。
父の決断に母も三浦さんも涙を流して感謝し、そして感動したみたいだ。
三浦さんは、もともと父の倍以上の年収があり、しかも仕事一筋の独身人生で多額の貯金を持っており、それを全額父に譲りたいと言い出したが、もちろん父はそれを固辞。母は、そんな父の性格を知っていたので、自らが勤める結婚紹介サービスで、新しい伴侶を探させて欲しいと申し出た。
父も、それは辞退しなかったので、三浦さんは、せめてその費用だけでも負担させて欲しいと言い張り、結局父は、『どうも…すみませんね』と照れ笑いしながら、それを受け入れたのだった。
(つづく)

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2012.10.14 Sun l 母と私とおじさんと+1 l コメント (2) l top
この、あまりに急展開な両親の離婚劇に、当時高1だった私は、ただ茫然とするのみ。
流れとしては父について行くべきだとも思ったけど、コブ付きだと再婚が難しくなるという母の現実的な意見もあり、結局、母と三浦さんと一緒に暮らすことを選んだ。
お父さんが可哀想だとは思ったけれど、元々あまり会話のある父娘でもなかったし、一言で言って父は退屈な男だったので私は密かにホッとした。

さて、三浦さんが新居として購入した新築マンションに迎えられた母と私。そこは今まで暮らした中古マンションとは比較にならないほど広くて新しくて快適。見晴らしの良い洋室をあてがわれて私としては、ちゃっかり大満足。
三浦さんはとても礼儀正しい男性で、しかも女性に対する免疫が乏しいせいか、私と面と向かって話す時にも目を合わせられないほどの照れ屋さん。さらに、仕事が忙しくて毎日深夜になるまで帰宅しなかったので、私と母は何の気兼ねもなくのびのびと新しい生活を楽しんだ。
「お金の心配の無い生活って素晴らしい!」
ローンの支払いや私の学費の工面に、父の給料と自らのパートタイムの少ない収入で四苦八苦していた母は、あらためてお金の有り難みを実感したみたいだ。もちろん、母は三浦さんの経済力を目当てに結婚したわけじゃないにしろ、やはりお金は大事なのだ。
ちなみに、母は再婚後も結婚相談サービスのパートは辞めなかったが、フルタイムではなく、午後の4時間だけの勤務に変更していた。お父さんの再婚相手を探さなきゃならないからね。父の再婚については、いずれあらためて。

さて、晴天の霹靂のように新妻になった母だったが、新婚さんと同居する私は興味深くもあった。だって、新婚さんと言えばやっぱり…ですよね。
けっこう防音もしっかりしたマンションだったけど、さすがに夫婦の寝室の気配は察することが出来る。
そして、そこで気付いたのは、意外や二人の性欲の激しさだった。
一緒に暮らし始めた時の年齢、母が43歳、三浦さん41歳。父と3人暮らしの頃は、(うちの両親ったら本当にセックスをしているのかしら?)と、訝るくらいに気配の無かった良妻賢母型の母と、小娘の私との会話ですらあがってしまう純情オヤジの三浦さんの組み合わせ。そんな二人がエッチなことなど、するものなのか?
それがするのです。しかも、ほぼ毎晩…

初めて新しいマンションで寝た夜は、三浦さんも仕事がお休みで、3人で簡単なお祝いをしたのだが、私もちょっと緊張気味。慣れない部屋ということもあるけど、母たちにとっては記念すべき新婚初夜。エッチはすでに済ませてあるにせよ大切な夜に違いない。
私は、『今日は疲れたから早く寝る』と、早々に自分の部屋に引き上げた。あとはどうぞごゆっくり…との意思表示だ。
少し勉強をしてから早めにベッドに入ると、気配に耳を凝らした。
(初夜なんだからエッチするに違いない。出来ることなら声だけでも聞いてみたい)
私は興味津々にじっと時を待った。
やがて、バスルームを使う音が聞こえてきた。
(一緒にお風呂に入ったのかしら?)
いや、どうやら別々のようだ。
(一緒に入った方が効率的なのに…)
妙なことが気になったが、さりとて両親が一緒に入浴するのを目撃したこともなかったが。
(つづく)

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2012.10.16 Tue l 母と私とおじさんと+1 l コメント (4) l top
順に入浴を終え、母と三浦さんは寝室に収まったようだ。
私は、自分の部屋でじっとタイミングを見計らっていたけど、やがて思い切ってベッドを出た。そっとドアを開けて廊下を伺う。暗闇と静寂。しばらく耳を凝らしたけれど、何も聞こえてこないので一度ベッドに戻ることにした。
(もう寝ちゃったのかしら?二人とも、けっこうな年だし、そんなにがっついてはいないのかも…)
そんなことを考えながら、ついベッドでウトウトしてしまう。
ハッ…と目覚めて時計を見るとちょうど深夜0時だった。私は再びベッドを抜け出した。
(もう一度、母たちの寝室を伺って、それで何も無かったら、もう寝ることにしよう)
ぼんやりそんなことを考えながらドアを開けて、一瞬に凍り付いた。さっきとは明らかに空気が違うと思った。なにやら生暖かい感じなのだ。そして、その原因はすぐにわかった。母たちの部屋から微かに漏れてくる妖しい息遣い。
(!)
私の緊張が一気に高まった。こういう場面に遭遇するのは生まれて初めてのことだけど、勘は働くものだ。
「ああ…」
微かな微かな母の声。私は確信した。今、二人は性交をしているのだ。
急に私の両膝がガクガクと震え始めた。意外に私はチキンなのかもしれない。
それでも私は力を振り絞り、音を立てないよう細心の注意を払いながら廊下に足を進めた。少しでもはっきり聞きたいと思ったのだ。
母の荒い息遣いと、たまに漏れ聞こえるうめき声。やがてベッドの軋む音も聞こえてきた。
私は安全を慮って、すぐに自分の部屋に逃げ戻ることの出来る位置に立ち止まり、神経を耳に集中させた。

二人の性交は驚くほど長く続いた。母の荒い吐息とあえぎ声が突如として止み、一段落したかと思えばまた再開される。その繰り返し。男の声は…聞こえない。たぶん低音の三浦さんの声は、廊下まで響いてこないのだろう。
私の膝の震えは収まっていたけど、じっと立ち続けることにさすがに疲れを感じてきた。
(一度、部屋に戻ろうかな…)
そんなことを考えた、まさにその時、母の鋭い声が廊下に響いた。
『あっ!ダメッ!…イヤッ!』
私は驚いた。普段の冷静で温和な母のものとは思えない叫びなのだ。
『ああ!志保さん!』
初めて三浦さんの声がはっきりと聞こえた。切羽詰まったようなその叫びに合わせて、ベッドが激しく軋む音。
『ああ…ダメッ!…イッちゃう!』
『う…うわ~!』
二人の叫びの後にやってきた静寂。そして、ほどなく聞こえてきた母のクスクス笑い。
(お母さん…なんだか楽しそう)
そう、セックスとは楽しいことなのに違いない。だから、みんなセックスに興味があり、そして大好きなのだろう。
(私は、まだこの境地はわからない…)
母の派手なクライマックスを聞き、なにやら羨ましく感じてしまう私だった。
(つづく)

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2012.10.18 Thu l 母と私とおじさんと+1 l コメント (4) l top