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藤永祐実は少しだけ疲れていた。
長くバレーボール界の第一人者として活躍し、世間の注目を集める一方、日本人の常で自分のことは棚に上げ、一流スポーツ選手には高い人格、人間性を求める。そんな期待と現実のギャップが面倒くさかった。
『昔はこうじゃなかった』
つい年寄りじみた独り言も口にしてしまう。
たしかに以前の自分なら、他人の目なんて鼻で笑い飛ばしていた。やはり隠しがたい肉体的な疲労も影響しているのだろうか。
170センチの身長は世界で渡り合うには低すぎたし、長い現役生活をずっと世界の第一線で戦ってきた代償か、肩、ひじ、手首、腰、膝、足首と、ほとんどの関節が悲鳴を上げ始めていた。
27歳という年齢は、社会ではまだまだヒヨッコだが、バレーボールのトップ選手としては、そろそろ退き際を考える時期なのだ。

名門相模原実業高校時代から春高バレーやインターハイで大活躍したけれど、たいした練習なんてやらなかった。
『手抜きのユミ』
これが高校時代からアテネオリンピックあたりまでの祐実の隠れたニックネームだ。
実際、監督の前でだけ適当にやっておけば、後はチンタラしていても高校生相手なら誰にも負けない自信があった。
そんな祐実の態度に批判的な教師やOBもいたが、バレーの実力で跳ね返した。高校時代は監督が放任主義だったのが祐実のわがままに拍車をかけた。
当時から盗み撮りした画像が男性誌のグラビア面に掲載されるぐらい、折り紙付きの美少女だったから当然男にもモテモテ。
高一でバレー部の先輩に処女を与えて以来、とっかえひっかえ彼氏は星の数。
一度はマスコミにご乱行を嗅ぎつけられそうになるも学校側のファインプレーでなんとか揉み消すことが出来た。
全日本入りしてからはテレビから声が掛かることも多くなり、若い芸能人たちと夜な夜な遊び歩くようになった。
そうなれば、さらに練習には身が入らない。
「筋肉痛がひどいので、今日の練習は休みます」
朝、ホテルのベッドからサボりの電話を掛ける横に、今をときめくアイドル少年が裸で眠りこけていたりした。

そんな手抜きな状態でもバレーボール界ではさらに存在感を増して行き、全日本でも欠かせない中心選手となっていた。
アテネオリンピックの予選でも大活躍。日本の2大会ぶりの五輪出場に大きく貢献したが、つまずいたのはそのオリンピックだった。
大会前から腰に違和感があり、それでも大したことは無いと放置していたらどんどん悪化し、最悪の状態で五輪に突入。
結局、大会中ずっと満足なプレーが出来ず、走り込み不足でフル出場もおぼつかない始末。
日本チームはなんとかベスト8には進出したものの、祐実にとっては散々な大会になってしまった。
そしてマスコミが得意の戦犯探しを始め、真っ先に槍玉に上げられたのが祐実、そしてもう一人、祐実と同い年の若き正セッター小橋カナだった。
曰く、日本チームはまずまず頑張ったが、藤永と小橋が足を引っ張った。この二人がエースアタッカーとセッターでいる限り、日本がメダルを取る可能性はゼロに近いだろう。特に藤永は『手抜きのユミ』の異名通り、五輪前にもろくな練習をせず、夜は星の数ほどいるボーイフレンドたちと遊び歩いていた。協会はただちに藤永を代表から外すべきだ…
(つづく)

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2010.11.14 Sun l 泣き虫エリナ l コメント (2) トラックバック (0) l top

コメント

まぁ、いますよね
祐美みたいに実力はあるけど手抜き癖のある人は何かと避難されるんですよね。
オイラ的にはすごくうらやましいと思うんだけどさ。
でも、なかなかいいライナーノートですね。

富野監督よりすごいかも?(ガンダムやイデオンの原作者)
2010.11.15 Mon l 私の碇で沈みなさいっ!. URL l 編集
私の碇でさんへ^^
ありがとうございます<(_ _)>
長々とした人物設定になってしまいましたが、書いててどんどん盛り上がってしまって^^;
主役がなかなか出てきませんね^^;
2010.11.15 Mon l スマイルジャック. URL l 編集

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