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そんな二人の様子を見た周りの大人たちが、さっそくお節介を焼き始めました。
「美和さん、祭りに免じて慎二を男にしてやってくれんかね?」
「からかわないでくださいよ。私みたいなオバサン、慎二さんに気の毒ですよ」
「ワシ、美和さんが相手してくれたら、一生女断ちしても後悔はせんよ」
慎二もすっかり本気モード。そんな大人たちのやりとりを、僕はちょっと離れた席でご飯を食べながら、耳をそばだてていました。年下の男の子たちが、しきりとアニメの話をしてくるけど、僕は気が気でない(当時の僕は、かなりのアニメオタクだった)。小学校6年生ともなれば、ある程度、男と女のことに勘が働くようになりますからね。
周りには女の人も何人かいましたが、みんなニヤニヤしながら母と慎二たちの掛け合いを聞いていました。
そして、慎二本人のたび重なる懇願と周りのオヤジ連中の口添えにより、ついに母が、
「仕方ないわねえ…一遍だけよ」
と、はにかみながら答えたので、僕は驚いて巻き寿司をノドに詰まらさせそうになった。
「ウッシャー!」
慎二がガッツポーズを決め、周りのオヤジ連中も、『慎二、よかったなあ!』と、わがことのように喜んでいます。
「美和さん、こっちはもういいから、慎二君と行っておいで」
母と一緒に男衆の酒の相手をしていた女性が、優しく母に言いました。
ポッと頬を染めた母は、息子の僕から見てもとても可愛いと思った。だいたい母が照れるところを見るのなんて初めてのことでしたから。
母は、恥ずかしそうに雅子叔母さんに近寄りましたが、笑顔の叔母さんに何事かを耳元に囁かれ、再び頬を染めて微笑んだのでした。
「おい慎二!ちゃんと美和さんをエスコートせんかい!」
酒で顔を赤らめたじいさんに言われ、慎二は少し照れながら母の肩を抱くと、二人は身を寄せながら広間を出て行きました。
僕はただ、呆然とそれを見送ることしかできなかった。せめて母が、僕の方にチラッとでも視線を送ってくれたら気持ちも落ち着いたのかもしれませんが、母は僕の存在など眼中に無いかのように、目を伏せたまま慎二に肩を抱かれ、いそいそと行ってしまったのでした。

さて、どうしてこの町の人々はお祭りの無礼講に寛大なのでしょうか?
敬虔なカソリック信者から見れば、信じがたいほどのふしだらさかもしれませんが、今の僕ならその辺りの機微もわかるような気がするのです。
町のじいちゃん、おっちゃん連中だって、若かりし頃には、そうやって女を知り、人生を知って行ったのに違いありません。この町では、経験豊かな人妻が若者に性を教えるのは、一種の義務だったのかもしれません。
もちろん奥さん連中だって、義務感だけで若者に抱かれた訳ではなく、年に一度だけ夫以外の男を抱く歓びに、うち震えていたのかもしれません。
では、旦那さんは、奥さんが他の男に抱かれることに平気なのか?
もちろん、奥さんがお祭りエッチすることは秘密裡でしたが、狭い町なのだから、すぐに人々の口の葉に上ることになります。でも、ほとんどの場合、旦那さんは建前として知らんぷりを通したようです。そして、そういう態度こそが鷹揚で男らしいと認められる風土でもある。
もっとも、旦那さんだって人の奥さんに教えられて大人になった経緯があるし、お祭りの夜には既婚男性だって無礼講として、町の乙女や観光にやって来た女性たちとセックスを楽しんでいたのです。言ってみれば『お互い様』なのでした。
(つづく)


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2012.03.28 Wed l はだか祭り l コメント (2) l top

コメント

ある意味
おおらかっていうか野放図っていうか(^-^;。
でもこんな町にすんでみたいなぁ、んでね人妻さんと1回シテみたいです(笑)。
ちなみに日本人が変に倫理的になったのは明治時代にキリスト教的な倫理観をいれた偉い人のせいです。

だから今の日本人が性的な倫理が爛れててもちっとも驚かないよん(笑)。
2012.03.28 Wed l 私の碇で沈みなさいっ!. URL l 編集
私の碇でさんへ^^
明治以前の日本は、かなり性に対してはおおらかだったみたいですね。
っていうか、アジアはだいたいそんな感じ^^;
やはり犯人はキリスト教ですか。
陰では悪いことしてるくせに(ーー;)
2012.03.29 Thu l スマイルジャック. URL l 編集

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